大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(ネ)168号 判決

控訴人(原審参加人)

右代表者

法務大臣 井野碩哉

右指定代理人

名古屋法務局訟務部長

林倫正

同局訟務部第二課長

菊田久四郎

金沢地方法務局訟務課長

老田実人

神戸市葺合区琴緒町四丁目五番地

被控訴人(原審原告)

同和建設産業株式会社

右代表者代表取締役

前田実

右訴訟代理人弁護士

田井薫

富山市本町六五番地

被控訴人

(原審被告) 須田藤次郎

右訴訟代理人弁護士

河村光男

高井千尋

右当事者間の約束手形金請求控訴事件につき当裁判所は次の通り判決する。

主文

原判決を次の通り変更する。

被控訴人同和建設産業株式会社は同会社宛てに被控訴人須田藤次郎が昭和二九年五月一日振出した額面金三百万円、支払期日昭和二九年六月五日、支払地富山市、支払場所富士銀行富山支店、振出地富山市なる約束手形金債権につき自から取立の権限を有しないことを控訴人に対して確認する。

被控訴人須田藤次郎は控訴人に対し金三百万円及びこれに対する昭和二九年六月六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人同和建設産業株式会社の被控訴人須田藤次郎に対する訴を却下する。

訴訟の総費用中控訴人並に被控訴人須田藤次郎と被控訴人同和建設産業株式会社との間に生じた分は同被控訴会社の負担とし、控訴人と被控訴人須田藤次郎との間に生じた分は同被控訴人の負担とする。

本判決第三項につき控訴人において金百万円を担保に供するときは仮に執行することをうる。

事実

控訴人の指定代理人は

主文第一ないし第三項同旨並に訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決及び第三項の部分につき仮執行の宣言を求め

被控訴人同和建設産業株式会社の代理人は

原判決を取消す、被控訴人須田藤次郎は被控訴人同和建設産業株式会社に対し金三百万円及びこれに対する昭和二九年六月六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、

被控訴人須田藤次郎の代理人は

本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者の陳述並に証拠関係は左記に掲げるものの外は原判決事実摘示通りであるからこれを引用する。

被控訴人同和建設産業株式会社の代理人において

一、原審判決は控訴人の差押により被控訴会社が当事者適格を失つたとして被控訴会社の請求を却下しているが失当である。原審に於て被控訴会社が本件手形債権の取立権を有しないことの確認を求める控訴人の請求を争つており、原判決はこの控訴人の請求を棄却しながら取立権のみ既に控訴人に在るとしているのは全く筋が通らない。又控訴人の請求を棄却した理由としてその請求は被控訴会社が本件手形債権を有することを前提としているに拘わらず、被控訴会社は既に手形債権を有していないからその請求を認容できないとしているのであるが被控訴会社が依然手形債権者であればこそ今尚控訴人が差押を維持しているのである。従つて控訴人の右請求が認められた場合ならばともかく棄却された限り被控訴会社は被控訴人須田藤次郎に対し本件手形金請求をするに何の支障もなくその当事者適格を有するのである。

二、乙第一ないし第三号証(原審提出)は認める、乙第七号証中赤線表示部分は否認、その余の部分は認める、乙第八号証は不知。

三、丙第五号証は認める。

と述べ、

被控訴人須田藤次郎の代理人において、

一、乙第七、八号証を提出し当審証人広田豊二、藤井諭吉の各証言を援用し、

二、丙五号証の成立を認め、

控訴人の代理人において、

一、丙第五号証を提出し、当審証人武蔵一雄、衛藤力、広田豊二の各証言を援用し、

二、甲第一ないし第七号証(原審提出)の成立を認める。

三、乙第一ないし第三号証(原審提出)の成立を認める。

と述べた。

理由

一、控訴人の原審における参加申出の適否並に右参加申出後における被控訴人同和建設産業株式会社の訴訟遂行権の喪失に関する当裁判所の判断は原判決理由のこれら争点に関する説示と同一であるからこれを引用する。されば、控訴人の本件参加は適法であり、被控訴会社は爾後被控訴人須田藤次郎に対する本件約束手形金請求訴訟の実施権を失い、当事者適格を欠くに至つたものとして当該訴は却下を免れないものである。

二、次に控訴人の被控訴人同和建設産業株式会社に対する請求の当否について按ずるに、被控訴会社は控訴人が右の如く本件手形金債権の取立権に基き訴訟参加を為し被控訴会社に代つて訴訟遂行の権利を取得した後も自己に取立権があるものと主張して控訴人の権利を争う以上その非なることの確認を求める右請求は正当である。

三、進んで控訴人の被控訴人須田藤次郎に対する請求について判断する。被控訴人須田藤次郎が被控訴人同和建設産業株式会社に宛て昭和二十九年五月一日額面金三百万円支払期日同年六月五日、支払地並に振出地富山市、支払場所富士銀行富山支店なる約束手形一通を振出交付したこと、右手形は支払期日に適法に呈示されたが支払を拒絶せられたこと。右振出しは被控訴会社が被控訴人須田藤次郎の注文により同人所有の富山市新富町八〇八番地の敷地に建設した須田ビルの工事請負代金の一部支払のためであつたこと、右請負契約の内容として昭和二十八年十二月十日成立の当初において建設建坪の総数六五六坪〇五六、請負代金の総額金六千五百六十万五千六百円と約定されていたこと、昭和二十九年六月三日被控訴会社より被控訴人須田藤次郎に引渡された竣工建物の総建坪は六〇四坪八二八であつたことは弁論の同趣旨に徴して右当事者間に争いのないところである。

そこで右竣工建坪の減少が約定の右請負代金の数額に影響を及ぼすか否かの当事者間の争点について、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第七号証、乙第一、二号証、丙第五号証及び原審証人武蔵一雄、衛藤力の各証言、原審並に当審証人広田豊二、藤井諭吉、原審証人志甫周平、須田七造の各証言の一部を統括して審按すると次の事実が認定せられる。

(一)  被控訴人須田藤次郎は終戦後の混乱期に闇市に化していた富山駅前の前記自己所有地に工費二億数千万円をかけて四階建、総坪数二千三百坪の大ビルの建設を企図し昭和二十八年五月二十一日被控訴会社との間に一先ずその第一期分工事として坪単価七万九千円で四階建延一、一九〇坪を建設する目的の「須田ビル新築工事施行基本取極」(概算契約)を結び、被控訴会社はその完成図を設計して須田に交付し同月下旬頃より掘鑿工事に着手したが被控訴人須田は金融意の如くならず同年九月頃既に八百万円を工事に投じながら計画の遂行を一時中止するの已むなきに至つたこと。

(二)  同年十二月に入り被控訴人須田は漸く北陸銀行及び富士銀行共同融資の金六千四百万円を獲得したので右資金の限度に計画を縮小し四階建を二階建(塔屋付)に変更して本契約を取り結ぶこととなり同年十二月十日富山市船見旅館において被控訴会社代表者と接衝を遂げ、総建坪六五六、〇五坪に縮減した二階建ビルにつき単価十万円の割で計算した総額六千五百六十万五千六百円を請負代金とし翌二十九年四月末を竣工期限とする「須田ビル建設工事請負契約」を締結したこと。

(三)  右契約成立による工事再開直後頃被控訴人須田の駅前所有地の一部を占拠し本件ビル建設敷地の後方に営業していた訴外日の丸旅館より提出せられた駅と見透しの通路設置の苦情を容れた為め既定の建設予定地より右通路に該当する部分を除外するの已むなきに至り、これに伴い建築物の坪数が必然的に減少を免れないことが明かであつたこと。

(四)  被控訴人須田はかねて訴外広田豊二を工事に関する全般的代理権を有する工事監理人に決定し同年九月十一日その届出を了し、同人をして工事の内訳明細書等の承認、監督、指図、出来高の査定その他監理事務の全般を処理せしめたこと。

(五)  請負金の支払方法として契約成立と同時に金七百万円を支払い第二回(同年十二月二十五日)以後は毎月二十五日当月分の出来高の百パーセントを支払うことと約定せられたこと。

(六)  被控訴会社は前記敷地の削減に伴う建築規模の変更に照応する工事費内駅明細書を調製して右広田豊二に交付し同明細書の示すところに従い工事を進行させ、広田豊二においても同明細書に照らして被控訴会社の工事施行を監理しその出来高に応じて各月の請負金の支払を決済していたこと。

(七)  前記工事費内訳明細書は各部門別に工事の名称、材料、その数量及び単位、単価、並に価額を詳記してその小計を集計した総金額を明示し、その数額を当初の請負金額六千五百六十万五千六百円に一致せしめていること。

(八)  昭和二十九年四月中期限に工事竣工して当局の検査を了し、同月二十九日天長節をして被控訴人須田の出席の下に竣工式を挙行し、その前後に同人は建物内に事務所を設置した外、多数のビル入居者を募集して権利金を徴し部屋割りなどを行い貸室の賃貸借を取り決めていたこと。

(九)  同年五月一日を正規の建築物引渡日と定め、被控訴会社において慣例に従い完成図を添付した引渡証を作成した上前記請負代金総額から既に受取済みの金額を控除した残額千百万円と引替えに建物の引渡をしようとしたところ、被控訴人須田において金策の都合上一部を手形支払とすることを求めたので、同日金六百万円、同月四日金二百万円を各現金で支払うこと、残額三百万円は同年六月五日期日の約束手形をもつて固く決済すること、同手形金の支払ある迄建物の所有権並に引渡を留保する旨の約定書が作成せられたこと。

(一〇)  右二口の現金は約束通り支払われたが、右約束手形の期日二日前の同年六月三日に至り被控訴人須田は前記広田豊二を介し已むを得ない口実を設けて手形金は同人の名誉にかけて必ず支払うから期限前建物の引渡をして貰いたい旨を申し入れ、被控訴会社はこれを信じて前記引渡証を交付したところここに始めて被控訴人は建坪不足による代金過払を主張し手形金の支払を拒絶したこと。

(一一)  竣工建物が契約当初に比し縮小していたことは建物引渡前において夙に被控訴人須田の熟知していたものであつて、前記広田豊二において工事監理中被控訴会社の代表者に対し坪数減少の代償として特定工事部門の内容の向上を要望していたこと。

以上の認定事実を綜合して見ると、本件請負契約における代金の単価は請負代金総額を算出する為めの基礎として採用せられた計数の単位に止まるものと解するのを相当とし、工事途中の前記建坪の減少をもつて請負代金の総額に変更を及ぼす意思が当事者間になかつたものと認むべきである。

右判断に反する証人藤井諭吉、志甫周平、広田豊二の供述部分は措信しえないところである。

そうだとすると、被控訴人須田藤次郎は被控訴会社の本件約束手形金請求を拒否しうべき抗弁権を有しないことは明かであるから右約束手形の国税徴収法上の差押債権者として同法第二十二条第二項に基く取立権を行使する控訴人の被控訴人須田に対する本訴請求は全部その理由がある。

四、原判決中以上と趣旨を異にする部分は不当であるからこれを取消し民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九五条、第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 小田市次 判事 広瀬友信 判事 高沢新七)

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